インタビュー
2022.04.05

ロシア出身の私が日本で興味を持ったもの:日本社会の仕組みや雇用形態、仕事に対しての考え方、ロシア人との違い、農業ボランティア

■夢物語を現実へと変えた出来事

 ロシアの西側(ヨーロッパ側)、バルト海に面した港湾都市、サンクトペテルブルク出身のクロチキナクセニヤです。初めて日本へ訪れたのは2008年です。北海道の洞爺湖で行われた第34回主要国首脳会議を(通称:北海道洞爺湖サミット)覚えていますか?あの時、主要国首脳会議が開催される少し前に日露青年交流事業の一環として、ロシア各地の日本センターで日本語講座又は、ビジネス講座を受講した生徒や卒業生、大学生、報道関係者約50名が10日間程日本に招待され、日本人青年との交流や日本文化を紹介してもらうプロジェクトに参加したのですが、実は私もその時、ロシア青年使節団の1人として来日していました。

 今は個人でチケットを購入して日本へ来やすい時代になりましたが、当時は領空制限など様々な問題があり、モスクワやサンクトペテルブルクがあるロシアの西側から日本へ行くのは夢のような話でした。日本に知り合いがいないとビザを取得することができなかったり、航空券も、今の何倍だろう・・・凄く高くて簡単に手を出せなかったり。そんな時代に日本を訪れ、文化に触れて、もっと日本を知りたくなったので、それから約1年後の2009年、今度は文部科学省の奨学金制度で早稲田大学大学院アジア太平洋研究科の研究生として来日しました。現在は在籍中に生まれた2人の子供を育てながら博士課程を取得し、インターナショナルな保育園で先生として働いています。

■日本語を学び始めたきっかけ

 ロシアの大学に通っていた頃は、英語やドイツ語を中心に勉強していたのですが、もっとエキゾチックな言語を学びたいなと思い始めた頃、ロシア国内では近隣国、中国の存在が強くなり将来仕事に繋がるのではないかと中国語を学び始める学生が多くいました。この場合、時代の流れに乗りたい人なら、同じく中国語を選択すると思うのですが、私の場合は大多数の人が選ばない言語を学びたいと思ったので、日本語を学ぶことにしました。しかし、当時のサンクトペテルブルクには日本語を学べる場所が1カ所しかなく、授業を開催しても生徒が集まりませんでした。やっと10人参加者が集まった!と思っても数か月後に残ったのはたった3人。それも日本のアニメに興味がある2人とアニメには全く興味がない私だけ。あの頃は本当に人が集まらず日本語を学べる場所がなくなるのではないかとヒヤヒヤしましたが、夜間学校のような形で、週1~2回学ぶことができました。

■現在、ロシア国内に日本語を学べる場所が増えた理由は?

 日本語を学べる場所が増えた理由は、ロシアの市場経済改革支援の一環として日本政府がロシアの主要6都市に(ハバロフスク、ウラジオストク、サハリン、モスクワ、サンクトペテルブルク、ニジニー・ノヴゴロド)日本センターを設置したことがきっかけではないかなと思います。日本センターができてから、日本の映画やアニメ、漫画、日本製品を紹介するイベントが多く開催されるようになったり、今は撤退する企業が増えましたが、当時は日系企業が進出したり、日本料理のお店が増えたり。そのことでロシア国内の経済が活性化され、日本に対して興味を持つ人が増えた結果、日本語を学べる環境も整ったのだと思います。

■日本で興味を持ったこと:日本社会の仕組みや雇用形態、仕事に対しての考え方



 もともと、ロシアにいた頃から日本社会の仕組みや雇用形態、仕事に対しての考え方が面白いと感じていたので留学先に早稲田大学大学院アジア太平洋研究科を選んだのですが、実際に留学してから博士課程を取得するまで様々なことを研究してみると、今のロシアがたどり着く先は現代の日本なのではないかと思うようになりました。例えば、ロシアでは今、経済が飛躍的に成長を遂げた頃の日本のように、田舎から都会の会社へ就職してキャリアアップしたいと考える人が多いのですが、日本ではその考え方をもって入社する人はもはや少ないですよね。若者の間では非正規雇用やIターン(都会出身の人が出身地とは別の地方に移り住む現象のこと)を好む人が増え、数十年前に入社した人達は、やりたいことを我慢して、がむしゃらに何十時間も働いて得たものは、本当に自分が欲しかったものだったのかと自問自答している。

 一方見方を変えて日本社会全体をみてみると、がむしゃらに働いた人達がいた結果、日本経済が急成長したとも言えるのですが、細かく見てみると、入社してから定年退職するまで、同じ会社で働き続ける人が多い日本では、職場内における人間関係の変化がないため、固定化された人間関係の中で大きなストレスを抱え苦しむ人が増加している。どの角度から物事を切り取って分析しても、ロシア社会にはない考え方や制度だらけなので、知れば知るほど興味がわき面白いと感じています。これまでは東京や大阪といった大都市圏が経済の中心となっていましたが、都会出身の人が出身地とは別の地方に移り住む「Iターン」、地方から都会に移住した人が、再び故郷に戻る「Uターン」、進学や就職で都会に移住した後、故郷に近い地方都市に移住する「Jターン」を選択した若者が増えた結果、どのような国になっていくのか、どのような新しい制度ができるのか、このような傾向の社会にとってのプラスマイナスとは何か、これからも関心をもって調べていきたいと考えています。

■日本で興味を持ったこと:ロシア人と日本人の違い

 2009年から日本で生活をしているのですが、その中でも特にロシアと日本における違いを感じて、面白いと思ったことを紹介したいと思います。

感情の伝え方

 ロシア人は自分の感情をストレートに伝えますが、日本人は曖昧な言葉で伝えることが多いですよね。嬉しいこと、悲しいこと、怒っていること全てが顔に出るのがロシア人、今どういう感情なの?何を考えているの?とわからないのが日本人。加えて、言葉の違いもありますよね。ロシア語の回答は「yes」or「No」がはっきりしているのに対し、日本語の回答は曖昧な表現が多い。例えば「袋は必要ですか?」という質問に対して「大丈夫です」と答える人がいますよね?この日本語の「大丈夫」という言葉は色んな捉え方ができると思いますが、この言葉を他の国の言葉に変換しようとしても、あてはまる言葉がありません。袋は必要なの?必要じゃないの?っと、いつも疑問に思ってしまいます。その他、今日は何を食べたいですか?と質問した場合「お魚も食べたいし、お肉も食べたいし・・・」と言われたことがありませんか?両方食べたいのか、どちらか片方を選べずに迷っているのかがわからない。この曖昧な日本語の表現には何年たっても慣れることがなく、いつも頭をフル回転させ、クイズ大会に出場した人のような気持ちで楽しんでいます(笑)。





食事に対する考え方と食事中の会話

 ロシアでは食事に対してこだわりを持たず、短時間で済ませる人が多いのに対し、日本では食事に対して強いこだわりを持っていて、食べる時間を大切にし、時間かけて食事をする人が多いですよね?例えば、「お昼に何を食べたいですか?」と質問すると、何を食べるか、どこで食べるか、という話題で何十分でも会話ができるのが日本人。それに比べ、ロシア人は、さっと食べて、そのあと会話をする。全員が同じだとは思わないのですが、私が出会った日本人にはこのタイプが多いですね。あと、食事中の会話で思うのは、ママ友同士で食事をした場合、日本のお母さんたちの会話は子供のことについての話が9割。残りの1割は当たり障りのない話、又は噂話が多いと思うのですが、ロシア人のお母さんたちの会話は、最近読んだドストエフスキーの本の話や、政治経済に関する話が多い。私が日本人のお母さんたちと食事をしたとき、子供の話しかしないことに驚いたのに対し、日本人の夫は、ロシア人が食事中に重い会話をすることに驚いていました。食事中の会話だけでも、こんなに違いがでるなんて面白いですよね。



ロシア人のお母さんと日本人のお母さん

 これは先程の話と少し似ているのですが、ロシアでは女性が「母親」になったからといって何かを諦めたり、母親はこういうものだという強く縛り付けられたりするような考え方がありません。そのため、日本人のお母さんたちからしたら育児放棄に見えるかもしれませんが、誤解を恐れずに言うと、ロシア人のお母さんたちは「子供」以外のことにも興味があり、「母親」という顔以外にも、いろんな顔があるのです。外に出れば「女性」、夫の前では「妻」、子供の前では「母親」、知り合いの前では「友達」。しかし、日本人のお母さんたちは子供ができた瞬間から「母親」というアイデンティティしかないと強く感じることがあります。狭いコミュニティの中で常に家族のことを考え、子供のことを考え、世間体を気にし、自分を抑えて立派なお母さんになろうとする。日本では「良妻賢母」という言葉がありますよね。確かに子供ができると女性の日常は一変します。でもだからといって、子供を育てるだけのために生きているわけではない。そう思いませんか?ロシアにも日本のお母さんたちのように子供中心の人もいますが、日本ほど多くはいません。もっと体の力を抜いて!完璧を目指さなくていい。私が働いている保育園でも、数年前までは見かけない光景だったのですが、今ではお父さんが子供を保育園へ送り迎えする姿を見かけることが増え、珍しい光景ではなくなりました。きっと今は日本人の女性にとって世の中が急速に変わろうとしている時だと思います。大きく変化することは難しいと思いますが、少しずつ良い方向へ世の中が変わっていくといいですね。

■日本で興味を持ったこと:農業ボランティアと地方での生活



 田舎から東京に出てきて生活していると、隣人とコミュニケーションを取ることが難しいと感じることがありませんか?本当は沢山の人とコミュニケーションを取りたいのに、意識せず生活していると、全く会話をせずに1日が終わってしまうことがありますよね。そこで私は、どのようにアクションを起こせば、沢山の日本人とコミュニケーションを取ることが出来るのかを考え、農業ボランティアの活動を始めてみることにしました。まず農業ボランティアを募集しているサイトに登録し、サイトに掲載されている様々な農業体験の中から自分が気になった体験に応募する。そして、その応募を見た農家の人の希望とマッチングすれば返事が返ってくるので、あとは指定された場所へ向うだけで宿泊する場所や食事が提供され、住み込みで農業体験をすることができるというシステムです。住み込みだけではなく、書き入れ時だけを利用した単発の体験もありますよ!同じ日本なのに、慣れた都会の生活リズムではなく、地方独特の生活リズム。英語を話せる人もいない。でも、地方の人達には都会で生活すると強く感じる壁を感じることがない。国籍も違う見知らぬ私を家に招待し、一生懸命伝えようとしてくれる。話を聞いてくれようとする。結果、交通費と農業ボランティアに参加するというアクションをおこしただけで、地方への旅行もでき、日本人とのコミュニケーションを取ることもできるようになりました。英語を話せる農家さんは本当に少ないですが、学んだ日本語を活かして、農業体験ができるなんて、こんなに素晴らしいことはないですよね?都会で生活をしていて、昔の私と同じように日本人とのコミュニケーションを取ることが難しいと心痛めている留学生がいれば是非おすすめしたいです。

 最後に1つ面白い話をしますね。農業ボランティアに参加した夜、歯ブラシを忘れてきたことに気づいた私は、皆の前で「歯ブラシを買ってきますね」と発言したのですが、その瞬間、農家の人達が私の発言を笑いました。この理由がわかりますか?私の感覚では、田舎でも24時間のコンビニが近くにあると思っていたのですが、この時、農業体験をおこなっていた場所は駅から車で1時間程山を登ったところだったので、近くにコンビニもなければ、山道に電気もついていないような場所でした。ロシアの山奥にも、ここと同じように自然と共存しながら生活をしている人達がいますが、私がロシアで生活していたところはサンクトペテル。ロシアの大都市だったので、自然界に存在するものだけで生活するという体験はこれが初めてでした。食事で提供された野生の猪や鹿のお肉は、力強い脂身が口の中で広がり、歯応えも十分。忘れられない味になりましたね。ロシアでも田舎の方に行くとウサギ、雉、熊を食べる人もいますが・・・この時食べた猪は本当に最高でした。農業ボランティアでの体験には初めてが沢山!日本で生活している留学生だけではなく、日本人でも都会の生活に疲れた人や心を痛めている人には最高の環境だと思うので、是非!アクションをおこしてみてください。

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