■壮大な思考で、様々な角度から学びたい
現在の中国の首都は北京ですが、その前の首都であり、「六朝古都」(六朝時代、六つの王朝が政権を建てた場所という意味)、「十朝都会」(歴史上十の国が都とした場所)という言葉が残っている程、何度も中国史の中心となった、中国の東部、江蘇省(こうそしょう)南京市出身のリュウエイです。私が留学先に日本を選んだ理由は「日本のアニメが好きだった」「日本は世界で最も留学生がアルバイトしやすい環境だと思った」ということもあるのですが、一番の理由は、様々な観点から歴史を学んでみたかったということです。私の故郷、南京市は日本との戦争の歴史が深く残っている街です。しかし誤解をしてほしくないのは、確かに愛国教育が最も盛んな時期に教育を受け学んできたのですが、決して母国で学んできたことを肯定したり否定したり、日本に対して批判や反論するために留学してきたのではなく、学生時代は沢山中国側の視点から歴史を学んできたので、今度は今まで学んできた時に得た先入観は置いといて、もっと壮大な思考で「何故このような結果になったのか」「何故このような考えを持つようになったのか」を考えてみたい、分析しながら学んでみたい思い、留学先に日本を選び、早稲田大学と早稲田大学院で歴史教育学部を専攻し学ぶことにしました。
留学当初はそれなりの覚悟もしましたよ。人それぞれ歴史に対しての考え方があるし、攻撃的な言葉を浴びせられたりすることもあるだろうなと。しかし、実際は私の運が良かったのか、今年(22年)の3月に大学院を卒業しますが、大学と大学院で出会った人達は皆、真心を持って国籍関係なく向き合い、困った時は率先して助けてくれたので、学びの環境として悔いなく様々なことを学ぶことができました。
■日本で興味をもったもの:①日本酒
私が日本酒に興味を持つようになったのは、2018年におこなわれた大学院歓迎会で「仙禽|SENKIN」という名前の日本酒と出会ってからです。日本酒と出会うまでは、(これは中国で販売されているお酒に対する個人的な偏見ですが)中国のお酒は度数が高い物が多く、度数が全て、酔うため、テンションをあげるために飲むものだと思っていたので、お酒に対して魅力を感じることがありませんでした。しかし、この時のことは今でもはっきりと覚えているのですが、高田馬場にある飲食店でお酒を口に含んだ瞬間、爽やかな酸味が口いっぱいに広がり、そこから時が経つごとに味の変化を感じることができたので強烈な衝撃を受けました。しかも、原料は米や水、米麹!?それでこんなに味わい深い風味を作り出すことができるとは・・・。そこから一気に日本酒の魅力に魅了された私は、酒蔵を巡って製造工程を勉強したり、飲み比べてみたり、日本酒について沢山勉強をしたりしているうちに気づいたら唎酒師の資格を取得していました(笑)。
■日本でも有名な中国のお酒と言えば
もち米を原料とした浙江省(せっこうしょう)の紹興市で造られたアルコール度数14~18度の老酒「紹興酒」又は、トウモロコシ、ジャガイモ、サツマイモなどの穀物や酒粕を原料とし、その発酵液を蒸留したアルコール度数50~65度のお酒「白酒」ではないでしょうか?紹興酒は独特な甘さがあり、熟成期間が長いほど、まろやか度が増すお酒で、白酒はウォッカよりも高いアルコール度数と強烈な香りを感じる癖の強いお酒です。紹興酒は料理の隠し味に使う方もいますし、白酒は新宿駅近くのビルの壁に大きな広告が出されていたり、アニメ「名探偵コナン」の作中にも登場し、体が小さくなった主人公の工藤新一(江戸川コナン)が、「白乾児(ばいかる)」という白酒の一種を飲み、一時的に元の大きさに戻るという描写があったので普段お酒を飲むことがない人でも名前を知っていたりするのではないかと思います。
私自身、中国のお酒は味わう前に酔ってしまうので好まないのですが、お酒に強い人や癖の強いお酒を好む人ならお気に召すかもしれないので、見かけた時はチャレンジしてみてください。
■日本酒を面白いと感じるところ
・自分の感覚を研ぎ澄ませ、お酒というより、お茶のような感覚で味わうことができる
・米、水、麹というシンプルな原料で、同じ銘柄の日本酒、同じ酒蔵で製造されていても複数の種類が存在する
・お米の研ぎ方、季節だけでも味が変わる
・同じ種類に分類されたお酒でも、多種多様な味が存在し、全てを一概には語れないところが、人間と似ているなと感じる
・ワインの場合はその年に採れたブドウの質で味が変わるが、日本酒はお米の出来が2割!後は水、酵母、杜氏の腕で味が変わる
■オススメの日本酒
私はコクや旨味を楽しめる日本酒が好きなので、高知県の「酔鯨(すいげい)」や、度数が高くないのに、飲んだ瞬間にパンチされたような衝撃を感じることができる兵庫県の「剣菱(けんびし)」がオススメです。
■日本で興味をもったもの:②長崎県
日本酒の酒蔵巡りだけではなく、日本国内旅行も好きなので、西から、長崎、島根、兵庫、大阪、京都、奈良、新潟、群馬、栃木、茨城、千葉、青森、秋田、宮城、北海道と旅行をしたのですが、その中で特に印象に残っている場所は「長崎県」です。この感情をどう表現するのが正しいのか、正直私にはわからないのですが、長崎県はとても不思議だなと感じることが多い場所でしたね。例えば、日本には「怒りの広島、祈りの長崎」という言葉がありますよね?広島にはまだ訪れたことがないので、長崎との違いを比べることはできないのですが、大学院で歴史教育を研究しているので、もちろん原爆の話も、キリスト教迫害の歴史があることも理解した上で街の中を実際に歩いてみたのですが、苦痛の歴史が沢山あるのにもかかわらず、それを全く感じさせない・・・むしろ身体中が浄化されていくような雰囲気があり、とても不思議に感じました。
■私が特に興味を抱いた場所:城山小学校平和祈念館
原爆が落下された場所からわずか500mの所にあった城山小学校は、原爆投下から77年たった今でも当時被爆した校舎がそのままの状態で祈念館として公開されています。今はインターネットを使えば様々な資料を簡単に集め学ぶことができる時代ですが、どんな貴重なデータよりも、実際にここで見て感じたものには叶わないと実感することができました。
■私が特に興味を抱いた場所:山王神社
※一本柱鳥居も、被爆のクスノキも山王神社にあります
一本柱鳥居(いっぽんばしらとりい)
原爆が落下された場所から南東約900mの場所の高台にあり、原爆の被害を受けた山王神社の参道には当時、4基の鳥居があったそうなのですが、一番外側にあり爆風に対して並行に建っていた一の鳥居と二の鳥居の半分だけが爆風でとばされることなく奇跡的に残ったそうです。現在、一の鳥居は交通事故の影響で壊されてしまったので、一本柱(右半分)になった二の鳥居だけ見ることができます。住宅街にあるため、存在を知らないと見落としてしまうそうなのですが、一本柱となった鳥居は、当時からその形だったかと見間違えてしまうほど片方だけが綺麗に残っているので、見上げると、まるでタイムスリップしたような・・・何とも言えない不思議な気持ちになります。
被爆のクスノキ
山王神社がある場所は、先程もお話したように、二基の鳥居以外が全て爆風で飛ばされるほどの被害を受けた場所なので、クスノキの幹が残ったとはいっても、一時は枯死寸前だったそうなのですが、被爆から2カ月たったある日、被爆した幹から新芽を出し、自分の力で少しずつ復活。被災から24年後の1969年に長崎市の天然記念物に指定されるまで回復したそうです。信じられますか?被爆したのに、木の「生きたい」と思う生命力だけで新しい芽を出すなんて。現在は樹木医の専門的な治療が欠かせなくなっているそうなのですが、実際にこの木と出会い神秘的な姿を見た瞬間、言葉を失うほどの強いパワーを感じることができました。
私が紹介した場所以外にも、長崎には街の至る所に戦争の傷がそのまま残っているのに、その傷を主張するのではなく、現代と自然に溶け込んでいるような、共存しているような・・・本当にこの時に感じた感覚を語源化するのは難しいのですが、なんともいえない不思議な感情が私の記憶に焼き付いています。戦争という、何処の国にも存在する残酷な歴史を「祈りの長崎」という言葉で考える。体感する。これは他の場所では体感することができない感覚だと思います。だから戦争に対して「どちらが悪い」「どう思う」「どう感じた」憎しみ、恨みといった固定概念で見るのではなく、純粋にこの場所を見て体感し様々な角度から戦争について考えることこそ、今の世界には必要なのでないかと思います。
■日本で興味をもったもの:③喫茶店
喫茶店巡りを始めたのは2年程前からなのですが、私の妻がウインナーコーヒーにはまったことがきっかけでした。(※コーヒーの上に生クリームをたっぷりのせたウイーン風のコーヒーのこと)しかし、カフェ巡りを始める前の私はブラックコーヒーがこの世に存在する意味が分からないと思うほどコーヒーが苦手で、カフェオレやカフェラテしか飲むことができなかったのですが、急に!!旅行中に何故か飲めるようになり、気づいたらカフェオレやカフェラテが飲めなくなってしまいました。人の味覚って、ある日突然理由もなく変わることがありますよね。しかも、飲めるようになったタイミングで、妻がテレビで見たウインナーコーヒーにはまったので、2人でウインナーコーヒーが飲める場所を検索し、喫茶店巡りをしているうちに気が付いたら70数件巡っていました。最初は、有名なカフェだとエスプレッソメインで提供しているところが多いのでウインナーコーヒーが飲みたいなら喫茶店のような場所を探さなければという理由で行ったのですが、喫茶店へ通うようになると、あの独特な落ち着いた空間が心地良くなり、気が付けば私自身はウインナーコーヒーよりも喫茶店の空間の虜となってしまいました。
なんというか、私が日本へ留学したのは2012年で、それまでは日本で生活したこともなければ、日本の「明治」「大正」「昭和」という時代を全く知らないわけで、しかも中国には喫茶店の文化がなく、喫茶店巡りを始めるまで全く「喫茶店」というものを知らなかったのに、喫茶店へ入った瞬間「懐かしい」と感じました。初めて行ったのに!!それまで行ったことがある煌びやかでお洒落なカフェよりも落ち着いた気持ちになり、久しぶりに帰ってきた我が家のような。不思議ですよね。喫茶店巡り100件まで後少しなので、達成したらその中から特にお気に入りの喫茶店を選び通いたいと思います。
お気に入りのことについて話し始めると、話が止まらなくなってしまいますね(笑)今日はこの辺で・・・。私のインタビュー記事を読んで行ってみたい!見てみたいな!と思う人がいたら嬉しいです。ありがとうございました。